度 量 衡 法 と 計 量 法 の 歴 史

2003年7月21日 新 井 照 男

度量衡器の全品検査 <度量衡取締条例、1875(明治8)年>

1871(明治4)年に匁を1874(明治7年)に尺を決定した後、度量衡器の製作・販売免許を各府県一業者に与え、製造品、既存品の度量衡器を全て検査するという度量衡取締条例が1875(明治8)年に公布された。検査は府県で行い、そのための地方原器と検査用具は政府が作り配布した。免許を与えられた度量衡器の製作請負人にも同様の物を配り、製作の基準とさせた。翌年の改正で使用中の度量衡器も全て検査することとし、検査を行う地方技官の講習を行うなどして、全ての度量衡器を検査し証印をつけるという一大イベントがとり行われた。使用中のものについては約397万個が検査され、不合格が約244万個あったという。

度量衡器の国家標準 <度量衡法、1889(明治22)年>

1889(明治22)年に制定された度量衡法では、尺貫法を基本としてメートル法の計量も認め、尺と貫を間接的な表現であるが入手したばかりのメートル原器とキログラム原器によって定義した。原器は農商務大臣(商務局権度課)が保管し、二組の副原器を農商務大臣と文部大臣(東京帝国大学)が保管し、農商務大臣が副原器から検定原器を製作し地方庁に配布し、地方長官は検定原器により度量衡器の検定を行う、という法体制ができあがった。

度量衡器の検定 <度量衡法、1889(明治22)年>

尺貫法とメートル法による度量衡器について、輸入品も含め検定を行うこととした。検定公差を定め、検定を行うため地方に常設と特設の度量衡検定所が順次設立された。

甲種検定と中央度量衡器検定所 <度量衡法改正、1903(明治36)年>

成立当初の度量衡法では、目盛の小さな度量器や小さな分銅などは検定の対象外とした。このままでは科学実験や医薬用の度量衡器の精度を保証する手段がないので、1903(明治36)年、中央度量衡器検定所の設立に合わせて法を改正し、検定を高度な技術を必要とする甲種とその他の乙種に分け、甲種の検定を中央度量衡器検定所が行うこととし、翌年の1月から業務を開始した。甲種検定の種類はその後、産業に必要な度量衡器、計量器と対象を広げ、1951年の計量法制定時まで増え続けることとなる。

比較検査による標準供給 <比較検査規則、1909(明治42)年>

1909(明治42)年、農商務省令として「度量衡器又は計量器比較検査規則」が制定され、中央度量衡器検定所にて度量衡器および計量器(計量するための機器、材料、部品など)の検査を行なった。比較検査は任意に行うものであるが、高度な標準供給の手段として利用されるようになっていった。

電気の国家標準 <電気測定法、1910(明治43)年>

電気取引の公正と電気事業の振興を図るため、電気測定法が1910(明治43)年に制定され、翌年電気事業法が制定された。電気測定法は1908年に決まった国際電気単位を基本とし、水銀抵抗原器と電流原器(銀分離器)によって単位を定義している。原器は副原器(標準抵抗、標準電池)とともに農省務大臣(電気試験所)が保管することとされ、国家電気標準の始まりとなった。

電気計器の検定と型式承認 <電気測定法、1910(明治43)年>

電気測定法では電気の取引に用いる電気計器に対し検定を義務づけた。1912年からの電気試験所での検定開始に先立って、1911年から型式承認の受付を開始した。

光度の国家標準 <電気事業法施行規則、1911(明治44)年>

1911(明治44)年,電気事業法施行規則にて光度の単位燭と光束の単位ルーメンが規定され、電気試験所が燭の標準器「ハーコート10燭ペンタン燈」を維持することとなった。

検定の地方委譲 <度量衡法運用、1918(大正7)年>

1916(大正5)年、中央度量衡検定所が行うとされていたヤードポンド系の度量衡器の検定を、中央度量衡検定所の本所、支所が所在しない道府県に委任することとした。その後、機種と道府県を限定した検定の地方委譲は続き、太平洋戦争終了後に一時増加し、計量法制定まで続いた。

計量器の検定 <度量衡法改正、1919(大正8)年>

1919(大正8)年、計圧計、浮秤、温度計、生糸繊度検定器、乳脂計を度量衡器と区別して計量器と呼び検定の対象とし、1921年に中央度量衡検定所で検定を開始した。関連して、1920年に力、圧力、仕事、工率、密度、温度、時間の単位を度量衡法に追加した。

メートル法を基本に <度量衡法改正、1921(大正10年)>

1921(大正10)年、「度量はメートル、衡はキログラム」を基本とし、その定義を国際メートル原器、国際キログラム原器によると明示した度量衡法の改正が行われた。公布日の4月11日は度量衡記念日あるいはメートル法記念日と呼ばれるようになった。メートル法以外の単位の使用は経過的認めるとされ、その期間は勅令で示すこととなった。いろいろいきさつがあり、最終的には昭和14年の勅令により「尺貫法、ヤードポンド法による計量単位の併用期間を、土地または建物については当分の間、その他については1958(昭和33)年12月31日まで」となった。この経過期間は計量法にそのまま継承された。

X線標準器 <X線量計検定規則、1937(昭和12)年>

1937(昭和12)年に逓信省令X線量計検定規則が公布され、単位として国際レントゲン単位を、国家標準として電気試験所が保管する標準電離槽を決めた。

度量衡から計量へ <計量法、1951(昭和26)年>

太平洋戦争終了後しばらくして度量衡法改正作業が始まり、電気、放射線以外の全ての量を対象とすることとしたため名称を計量法とし新しい法律とした。1951(昭和26)年6月7日公布、翌年3月1日施行された。計量法施行に合せ、中央度量衡検定所が中央計量検定所へ日本度量衡協会が日本計量協会へと名称変更した。公布日6月7日は、1993年まで計量記念日であった。

規制緩和 <計量法、1951(昭和26)年>

度量衡法が製作、修復、販売の営業を免許制にしていたのを、計量法では製作、修理を許可制に、販売を登録制とした。この種の規制緩和はこの後、技術の進歩と「法規制から自主管理へ」という社会の変化に合わせて、許可、登録、届出と続いていくことになる。

検定の地方委譲 <計量法、1951(昭和26)年>

太平洋戦争終了後、度量衡器、計量器の需要増大に合わせ多くの製造免許が出され、大都市以外の地域にも多くのメーカーが生まれた。これに対応し、機種と道府県を限定した検定の地方委任が毎年のように行われていた。計量法ではこれを改め中央と地方の分担を明確にし、結果、ガラス製体温計、長さ計、質量計、体積計、圧力計など多くの検定を地方が行うこととなった。中央度量衡検定所時代の検定個数13,726千個(1951年度)が、中央計量検定所になって2,786千個(1955年度)と激減した。

基準器 <計量法、1951(昭和26)年>

基準器は、計量の統一と適正を確保するための実用標準器として、検定、取締り、計量器管理、製作の各現場で使用することを義務づけた。法規制の分野だけでなく一般製造業における計測の標準器としても扱われ、新計量法が施行されるまでは、トレーサビリティの連鎖の中の一つと位置づけている事例があった。基準器の検査は国(中央計量検定所、計量研究所)が行うこととされていたが、現在は国、地方、日本電気計器検定所が分担している。

計量士と計量教習所 <計量法、1951(昭和26)年>

計量士制度が導入され、計量士による計量管理が適切に行われている事業所(計量器使用事業場、現在の適正計量管理事業所)は定期検査を免除するという規定が設けられた。計量士の資格を与えるため国家試験を設け、1952年に計量教習所を開設し、同年12月に第1回計量士国家試験の告示が出され翌1953年3月10,11日筆記試験、3月25日技能試験が行われた。

音響と放射線 <計量法改正、1952(昭和27)>

逓信省電気試験所は昭和23年に逓信省電気通信研究所と通産省電気試験所に分離し、音響標準は前者で、その他は後者で行うこととなった。昭和27年に法律を改正し、電気試験所(通産大臣)で音響標準を扱うこととなった。

放射線 <計量法改正、1958(昭和33)年>

1958(昭和33)年に放射線関係の計量証明を計量法で取締まることになり照射線量などの放射線関連量が物象の状態の量に追加され、単位の定義と標準の主体が決まった。

昭和41年の大改正 <41年の改正、1966(昭和41)年>

1966(昭和41)年の改正では、懸案となっていた多くの課題を解決し、政省令を含め肥大化した法体系を整理した。改正は多岐に亘り、そのための審議会、調査会、分科会などの会議は数十回に及んだという。

電気関連量の併合と形式承認 <41年の改正、1966(昭和41)年>

前回改正の際の衆議院商工委員会における付帯決議を受けて、電気測定法を廃しそれを計量法に統合した。量、単位、特定計量器に電気に関するものを追加し、検定と基準器検査の主体として日本電気計器検定所を追加した。また、電気計器について既に行われていた型式承認制度を導入した。

計量器の範囲の縮小 <41年の改正、1966(昭和41)年>

計量法制定時は計量のための器具、機械、装置の殆どを計量器としたが、その全てを直ちに取り締まることは困難で、計量法施行令で逐次実行することとしていたが、その多くは実現はしていなかった。検査設備の問題もあり、規制する必要のないものが多くあり、行政簡素化の社会的要請も考慮し多くの機種を計量器の定義から除外した。

事業規制緩和 <41年の改正、1966(昭和41)年>

具備すべき設備や技術を法で定めるという考えを改め、「業者自らの責任で満足すべき性能を確保すべき」を基本とした。製造事業、修理事業を許可制から登録制にし、計量証明事業に関しては設備登録から事業登録と変更した。

環境計量 <計量法改正、1972(昭和47)年>

環境行政の重要性が増し、計量法でもいくつかの対応を行った。昭和47年の改正では、濃度計、騒音計などを規制の対象とし、これらの計量器の検定を検査実績がある機関に行ってもらうため指定検定機関制度が設けられた。また電総研では精密騒音計の検定を始めた。

環境計量照明と環境計量士 <計量法改正、1974(昭和49)年>

昭和49年の改正では、証明事業に濃度、騒音レベルなどの環境計量証明が追加され、計量士制度に環境計量士が新設された。

計量単位の改正 <計量法改正、1978(昭和53)年>

計量単位に関する法改正はしばしば行われているが、1978(昭和53)年の改正は1971年、1975年の国際度量衡総会での決議を受けたもので、大幅な改正となった。モル、ジーメンス、パスカル、ベクレル、グレイおよびその組み立て量が導入された。

新計量法 <新計量法、1993(平成5)年>

平成4年5月、計量法の全部を改正しこれまでの計量法を廃し新しい計量法が公布された。平成5年11月1日に施行され、11月1日を新たに計量記念日とした。改正されてしばらくは、新法あるいは新計量法と呼ばれた。

SI単位 <新計量法、1993(平成5)年>

新計量法では法定計量単位を原則SI単位とし一般に使われていた多く単位を使用禁止とした。社会に与える影響が大きいことを考慮し、使用禁止の単位を3つのグループに分け3年、5年、7年の猶予期間を設けた。特にキログラム重など重力単位の使用を全面的に使用禁止にしたことの影響は大きく、猶予期間終了日の平成11年9月30日まで関係者は対応に追われた。

トレーサビリティ <新計量法、1993(平成5)年>

1960年代中頃にトレーサビリティがアメリカから紹介され、民間、国において計測標準に従事している人達にその思想が急速に普及し、いくつかの委員会で熱心な議論が行われた。諸般の事情によりその活動は急速に弱まったが、トレーサビリティを明確にすべしという声は止むことがなかった。トレーサビリティに法律は似合わないという意見もあったが、国に義務を課すという意味も含め、計量法に取り入れられた。「計量法による計量標準供給制度」などと呼ばれている。

特定計量器の製造 <新計量法、1993(平成5)年>

技術と品質管理の進歩を勘案し、特定計量器の製造を届出のみで行えるようにし、型式承認の対象を全ての特定計量器に広げ、自社検査を検定と同等とすることができる指定製造事業者制度を設けた。

地方分権一括法 <計量法改正、1999(平成11)年>

475本の法律を一括して改正した地方分権一括法(地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律、1999年7月成立、2000年4月施行)では、法令により地方に委任した国の事務である「機関委任事務」を廃し、地方の裁量で行う「自治事務」と国が行うべきであるが利便性により地方が行う「法定受託事務」とに分け、特別な任務を持つ地方自治体職員に対して国が定数や資格を定めるという「必致義務」を緩和した。検定業務は自治事務となり、計量に関する手数料を地方が自由に決めることができ、計量業務を行う職員に対する資格規制が廃止された。

基準・認証一括法 <計量法改正、1999(平成11)年>

基準・認証一括法(通商産業省関係の基準・認証制度等の整理及び合理化に関する法律)は、いくつかある強制法規の中での「技術基準を定める」、「基準に適合していれば認証する」という規定についてISO/IECの規格との整合を図り、合わせて民間活力を取り入れるためのもので、1999年8月に成立した。計量法では、指定検定機関、指定定期検査機関、指定校正機関などの指定にあたっての公益法人要件を撤廃し、計量標準供給について階層構造を導入するなどの改正を行い、2001年4月から実施した。

ダイオキシン法対応 <計量法改正、2001(平成13)年>

ダイオキシン法(ダイオキシン類対策特別措置法)の本格的運用(2002年12月)に先立って、正確な測定値を確保するため、2001(平成13)年に計量法が改正され翌年4月から施行された。計量証明の事業区分に「大気中のダイオキシン類の濃度に係る事業」、「水又は土壌中のダイオキシン類の濃度に係る事業」を特定濃度として追加し、証明事業登録に特定計量証明事業者認定制度(MLAP, Specified Measurement Laboratory Accreditation Program)によって認定を受けた者とする条件を付けた。そして計量単位に、質量一兆分率(ppt)、質量千兆分率(ppq)、体積一兆分率(vol ppt又はppt)、体積千兆分率(vol ppq又はppq)を追加した。

参考文献

 1) 計量百年史編集委員会, "計量百年史", 日本計量協会(1978)
 2) 電気試験所, "電気試験所五十年史", (1944)
 3) 中央計量検定所, "中央計量検定所50年史", (1961)
 4) 通産省重工業局計量課, "計量法20年の歩み", 計量管理, 20, 6 (1971) 12-17
 5) 計量管理協会事務局, "計量法30年の歩み", 計量管理, 30, 11 (1981) 43-7

 その他に、日本計量新報の記事を参考にしました。